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2018年8月6日

【前編】「自分の夢がある。だから子ども達に夢を持たせられる」オブリガードサッカースクール代表 藤田豊氏

プロスポーツ選手引退後のセカンドキャリアが問題視されている今。17歳という若さでプロサッカー選手となった藤田豊氏は現在大田区、田園調布を中心に開校している「オブリガードサッカースクール」の代表をしている。
「プロスポーツ選手もビジネスも変わらない、大切なのは夢を持ってそれに向かっていくこと」という藤田氏にオブリガードサッカースクールの開校の経緯から、今伝えたいことに関してまで語っていただきました。
前編の今回はオブリガードサッカースクールの開校した経緯から現状についてです。

NPO法人オブリガードサッカースクール公式ホームページはこちら

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なぜサッカースクールを開校したのか

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プロサッカー選手引退後、一度はサッカーから離れ保険会社に就職しました。しかし、サッカーへの思いが捨てきれずにいました。そうなったときに、子供が大好きだったこと、また保険会社での経験から再びサッカーに携わろうと決意しました。そこからチラシを配り始めたのがサッカースクールを始めたきっかけです。

小学生に教えるにあたり大切にしていること

子供たちが楽しんでやることを僕がはすごく大事にしています。例えばサッカーでリフティングが3回しかできない子に

「リフティング100回やってみて」

と言うのか、それとも

「リフティングを4回やってみて」

って言うのでは子供たちへの全然伝わり方が違ってきます。もしくは具体的には何も言わないで

「30分間リフティングの練習」

って言うのか。その言い方とかコーチの表情によって子供たちの捉え方とか、楽しさとかが変わってきます。常に子供たちの出来そうで出来ないラインを見つけて、そこを毎回課題で出していくことが一番大切になってくると思っています。

僕らのコンセプトでもある「まずサッカーを楽しむ」ってところから、楽しいといっぱい練習して、いっぱい練習すると上手くなる、上手くなると今度楽しくなる、この循環をつくるレールにのせてあげることが今僕がしたいことです。

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サッカーをプレーすることと教えることでの違いとは

これは意外とリンクしています。サッカーを俺はあんまり教えていません。その考え方とか、レールに乗せてあげるっていう部分にフォーカスをして、どっちかって言ったら、逆算です。例えば、毎回ゲームをやるんだけど、

「先週は全然トラップが出来なかったから今週はトラップをテーマでやろう」
「トラップがうまくできるようになるためにはどんな練習をしていったらいいかな」

という逆算をしていきます。現役時代にやっていたトレーニングとかのヒントを得ながら改良してやっています。

教え方が上手いと思う現役選手

テクニックがある選手、キーパーがうまい選手、点を決められる選手。こういった選手よりもです。子供が好きかどうか、そこが大事。子供が好きだったらこの仕事はすごい向いてる気がします。

どんなに技術的に上手い選手も、子供の目線に降りられない人っています。出来そうで出来ないトレーニングじゃなくて、「ジグザグドリブル1時間やってください、俺はそれで上手くなったから」っていう人もいます。人が大事かなと思います。

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様々なプロジェクトを通し、サッカー以外で大切にしていること

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基本的には自分が好きなこととサッカーは不随しています。自分の夢を大切にしています。例えば、僕がみんなに対して「夢を持とう」と言ったとして、それもすごく良いことだけど、俺が香川真司だったら凄く説得力がある。

でも今僕はコーチにしかすぎなくて、でも僕が夢をみてなかったら、子供たちに伝えることはできません。僕はちゃんと自分の人生を輝かせたい。だからこそ僕は子供たちに夢を持ってほしいし、そういう機会も与えているつもりです。だから自分の好きなことをやりながら、自分のライフスタイルであるコーチ業もしています。

サッカークラブ発足の支援とあるが具体的には

形をつくってきた11年

僕は11年かけて形を全部作ってきました。同僚でサッカースクールやりたいから、話聞かせてっていう連絡は凄い毎年来るし、いろんな人に教えています。けど結局ホームページをつくったり規約をつくったり入会申込書をつくったりっていうところが一番みんなが苦手な部分でした。

それなら一緒にやっていこう

ビジネス的に言うとフランチャイズだが、一緒にグループとしてオーナー業をしてもらって生活をしていく基盤を整えていきながら、その仕組みをお伝えしていきますよっていうスタンスでやっています。

本気の人にはオーナーになってもらった

じゃあアルバイトとして教えているコーチではなくて、本気の人をそこのオーナーにしちゃおう。そうすれば別にこのベースはあるけれどあなたのベースをもちろんプラスα吹き込んでもらって一緒にここのクラスを作っていきませんかっていう形にして、あなたのクラスです、として、各校にそのオーナーをつけていきました。

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どのような経緯で現在の規模になったのか

誰でもプロになれる。それを教えられるのは自分しかいないと思っています。そういう背景があるからこの考えというものを日本全国に普及させたいっていうのが一番最初のきっかけでした。とにかく手あたり次第広げました。

今は縮小することを5年かけてやってきました。これは本心なので質の担保をしていきたい。より深い指導をしていきたいということを僕は一番伝えていきたい。とにかく大きくすればいいという人もいるが、僕はそれが成功じゃないと思っています。

保険会社を辞めてサッカースクールを始めるにあたり迷いはなかったか

サッカー選手から保険会社は本当に底辺でした。営業をしてもう来るなと塩をまかれる。今まではサインくださいって言われる立場だった。心的には疲れ果てていました。友達もいないし、売らないとお金はもらえない。そんな中で週に1回自分でビラを6000枚配って週に1回1時間1人の子供に対して教えることが生きがいでした。サラリーマンでいう金曜日に会社の人たちと飲みに行って愚痴の言い合いみたいなものでした。

来たのは6000枚でたった1人。でもそれが生きがいだった

一番最初に大森でチラシをまいたとき6000枚で一人だけ来てくれました。その子に僕はボランティアをずっとしていました。近くの公園で時間を決めて半年間くらいずっと教えていました。すべてが生きがいでした。その子がもういいと言ってきたらどうしようとばかり思っていました。本当にありがとうと思っています。

ビラを配ろうという気持ちになったのは?

サッカーをちょっと離れようと思った。実際離れて、営業の仕事をしていると塩まかれる。俺今なにしてるんだろう、自分の夢なんだろう、そうなった時に「とりあえずサッカーを教えてみよう。俺はそれしかできないから」と思いチラシを作って配っていました。

プロと起業家を経験したからこそ子供たちに伝えたいこと

何も変わってなくて、立ち上げ当初から1mmもずれていません。どんなことがあったとしてもここだけはぶれませんでした。人と違うことをしてきました。一番大事なのは夢を持つこととそれに向かっていくことだと伝えていきたいです

もう一度人生をやり直すとしたらいつに戻りたいか

戻ってもそれ以上やる自信がありません。もっと頑張っとけば良かったと思うことがないです。やりきった。だから早めに辞めた。頑張っていなかったら俺は30歳までサッカーをしていたと思います。消化していないから。下手だったけど努力した。今自分はちゃんと夢を持っていて夢に対してちゃんと進んでいるからこれでいいんだろうなと思う。今が楽しみ度で言うと一番楽しいです。

後編では

後編ではビジネスマンと二つの世界を経験したからこそ藤田さんが伝えたいことを語っていただきました。ぜひそちらの記事もご覧ください。
【後編】「自分の夢がある。だから子ども達に夢を持たせられる」オブリガードサッカースクール代表 藤田豊氏はこちら!

オブリガードサッカースクールとは

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オブリガードサッカースクールは『楽しく→沢山の練習→向上→楽しい』 この循環を作る。ことをコンセプトに大田区や田園調布を中心に開校されているサッカースクールです。

詳しく知りたい方は公式ホームページまで!
NPO法人オブリガードサッカースクール公式ホームページはこちら

 

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